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西脇辰弥、パンダになる

それは、2005年4月のある日のことだった。ハンガリーのブダペストにいた僕に、日本のとある音楽製作会社の方から、電話がかかってきた。

「はじめまして、Yと申します。いやあ、やっとのことで、西脇さんの連絡先を入手したんですよ!! 実はですね、仕事の依頼なんですが・・」

「ああ、ありがとうございます。で、どんな仕事なんでしょうか?」(俺)

「それがですねえ・・こんなことを西脇さんにお願いしちゃってもよいものかと思ったんですけどね・・ 東芝のmp3プレーヤー、ギガ・ビートのニュー・モデルのCMにあて振りで出演していただきたいんですよー。」

あて振りとは、既に録音された音楽に合わせて、演奏している振りをする、という意味の業界用語。口パクの楽器ヴァージョンと言えるだろう。日本の音楽番組でもしばしば、このあて振りが行われているし、いわゆるプロモーション・ヴィデオのほとんどは、あて振り&口パクである。

「おもしろいじゃないですか!!! もちろんいいですよ!!!!」(俺)

「それがですね〜・・ほんとにこんなこと西脇さんにお願いしちゃっていいのかどうかわからないんですけどね、
パンダになってドラムを叩いてほしいんですよ!!!!

こうして僕は、「メンバーが全員パンダのバンドが、大観衆を前に、クイーンの名曲We Will Rock Youを演奏する」という、このCMのコンセプトを知ることとなった。最初は、学生のバイト君を安く雇って、パンダになってもらう、という計画もあったらしいのだが、こういったおもしろCMは、細部にこだわりぬいて、大真面目にやればやるほど、もっともっとおもしろくなる。だから、グイーンのドラマーをやっていて、クイーンの音楽をよく知っている僕が、適任だとのこと。

「この仕事は、西脇さんにしかできないんです!!!!!!!」とYさん。

そんなわけで、Yさんの情熱(口車?)に打たれた僕は、僕の音楽人生の中でも、めったにないであろうこの、おもしろ仕事をお受けすることになったのだ。また、他のバンド・メンバーのキャスティングや、ドラム・セット等、必要な機材の手配、また照明のエンジニアのコーディネーション等も任されてしまった!!!!


2005/05/12

朝の9時に、撮影現場である、東京お台場のZepp Tokyoに入る。楽屋に待機していると、衣装スタッフの方が呼びにきてくれる。
「西脇さ〜〜ん、お願いしまあ〜〜〜す」

僕が着る、パンダのコスチュームは、事前に、僕の体形を細かいところまで採寸して、特別に作られたものだ。まず、セパレート式のウェット・スーツ(って今あるんだろうか?)を着るような要領で、パンダの胴体部分を身に着ける。まるで、チャイナ・ドレスを作るときのように、綿密に採寸されて作られているから、僕のからだと一分の隙もない。

そして、足にウレタンを巻いて太くした上に、皮パンをはく。この時点で、僕のからだは、かなり不自由になっているので、衣装スタッフのお姉さんたちにからだを支えてもらいつつ・・

そう、ただパンダになるだけでなく、その上にロック・ミュージシャンな衣装を着るのだ!!!! この衣装も、クィーン関連の文献、写真集などを徹底的にに調べ、検討された上で決定され、特別に作られたもの!!!!

下の写真は、パンダに変身中のバンド・メンバー。右が、ギター役の井口慎也君、左がヴォーカル役のRoy君。

そして、パンダの頭をかぶる。

パンダって、目の回りの黒いところのせいで、一見かわいく見えるんだけど、実際本物のパンダは、よく見るとちょっと怖い目をしていたり、恐ろしげな牙があったりして、そんなところまで、緻密に(ある意味グロテスクに)再現された、パンダの頭部が、僕の頭をすっぽり覆う。視界は、少し開いたパンダの口からのみ。僕は、パンダの牙や、舌、歯茎等に縁取られた、わずかな隙間を通して、外の世界を見ることになる。

さてさて、最後にパンダの手を身に着けて、このコスプレは完成。コスチュームを着ていく段階で、からだはどんどん不自由になっていく。僕には初めての体験だったから、この「手が一番最後に不自由になる」という段取りは、精神的にも、ありがたかった。それにしても、このパンダの手、そんな細かいところまでCMの映像に写るとは、とても思えないのだが、肉球まで再現された精巧なもの。中指の爪が、他の指より少し内側に曲がっていることに、お気づきだろうか? これも、本物のパンダの手の特徴を再現したものなのだ!!!!!!! まさに「芸術はディテールに宿る」である!!!!!!!!!!!

この「パンダの手」で、ドラムのスティックを握るのは、僕にはかなり難しかったので、スティックをこの肉球に接着することに・・・

そして俺はパンダになった。

下の写真は本番時のもの。

ドラム・セットはもちろんラディック(シンバルはパイステ)。

で、僕は普段ではありえないくらい大げさにスティックを振り上げて、全力で叩いている。そうしないと、パンダの外側まで動きが伝わらないからだ。CMの長さ自体は、15秒か30秒なんだけど、カメラは毎テイク1分ぐらいは回っているから、その間ずっと全力疾走しなければならない。人間が全力疾走できる限界が約1分と聞いたことがあるけど、毎回テイクが終わるたびに、僕はしばらく動けなくなってしまうくらい、へとへとになってしまう。だから、毎回スタッフの方が、パンダの口に酸素スプレーを突っ込んで、僕に酸素を供給してくれる。

それにしても暑い!!!!!!!! からだにぴったり作られているということは、空気が循環するスペースが全くないともいえるわけで、からだ中から噴き出してくる汗を、どうすることもできない。パンダの内側に着ているTシャツやスパッツが、絞れるくらいに汗を含んでくる(実際絞れました)。

下の写真は休憩時のもの。巨大扇風機の風をからだに当て、スタッフのお姉さんには、扇子であおいでもらっている。ちなみに、額に付けているのは「熱冷まシート」。

驚くのは、スタッフの皆さんのすばらしい連係プレー!!!! 全てのひとが無駄なく仕事をしていて、しかも仕事が速い!!!! 過酷な現場をいかに快適に乗り切るか、というすばらしいノウハウの蓄積を感じました。僕がこの大変な仕事をやり遂げることができたのも、ひとえに、このすてきな人たちのおかげです。

ところで、実際にon airされたCMでは、あまり意識されないかも知れないんだけど、エキストラの皆さんも、実はパンダのメイクをしている。これも、僕が現場入りする前に、数時間かけて、メイクのスタッフの方たち(パンダを作ったのと同じひとたち)が、ひとりひとりに施したものだ。みんなかわいーー!!!!!

撮影が終わってみれば、夜の11時。俺は10時間以上もパンダだったのだ!!!! そして、体重を量ってみると、2kgほどやせていた。からだはもう、ガタガタのへろへろ。でも貴重〜〜〜な体験をさせていただきました。

関係者の皆さん、ほんとうにお疲れ様でした!!!!!!!!

<おわり>